South Island(癒しの楽園)

南の島(South Island)に憧憬と哀悼の感情を持って、癒しの楽園を探して、日々の日記を綴る。 中島栄次郎、ならびに、戦没者に哀悼の意を表します。癒しの楽園は、どこにあるのかわからないが、いつか、生きとし生けるもの、死せるものが、癒しの楽園に辿りつけますように。 ☆☆☆注) 中島栄次郎は、小生の母の叔父になります。母と母の妹が、中島栄次郎の著作物を自費出版したのが、『中島栄次郎著作選』です。中島栄次郎は、京都大学の田辺元のもとで、『ニイチェの研究』をしていました。大学の同期には、 松下武雄、久野収がいました。1年上の先輩には野田又夫がおられ、 中島栄次郎のライバルでした。当時、毎日新聞の文芸評論を書いていました。そのときの担当記者が、井上靖でした。後に井上靖は小説家になられました。中島栄次郎は、『コギト』の同人で、伊東静雄、田中克己たちとも交流がありました。 中島栄次郎は、戦時中は、統制化にあり、自由にものを書くことができませんでした。中島栄次郎は、一兵卒として、フィリピンのルソン島マニラ郊外の山地で戦死しました。☆

2011年04月

花会式のニュースがあったので、載せます。

花会式のニュースがあったので、載せます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 薬師寺:花会式 65歳の新人練行衆・西崎さん、被災地へ祈り込め声明(毎日.JPより引用) ◇2年半前得度、代役で  奈良市の薬師寺で5日まで続いている修二会(しゅにえ)(花会式)に、65歳の新人練行衆(れんぎょうしゅう)が参籠(さんろう)している。薬師寺修験咒師(しゅし)本部の僧、西崎乗俊さんだ。東日本大震災で被災した同寺東関東別院、潮音寺(茨城県潮来市)の僧が出仕できなくなり、急きょ代役を務めることになった。被災地への祈りを込め、声明を唱える日々だ。  西崎さんは約40年前から奈良市内で整骨院を営む。還暦を過ぎ、以前から好きだったボランティア活動に力を入れたいと、長男に仕事の多くを任せるようになったころ、知人の僧から「薬師寺の僧にならないか」と誘われた。「これもご縁だ」と心を決め、08年秋に得度。それから寺の行事にはすべて参加し、自宅の3階に自作の仏像をまつって毎日お経をあげる。 この記事の詳細 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 『花会式』(はなえしき)とは正式には「修二会薬師悔過法要」(しゅにえやくしけかほうよう)と言うそうです。 花会式は3月30日から4月の5日まで行われますが、その法要のスタイルは非常に特徴的で、初夜[しょや]・半夜[はんや]・後夜[ごや]・晨朝[じんぢょう]・日中[にっちゅう]・日没[にちもつ]の合計6回の法要があり、十人の練行衆と呼ばれる僧により不眠不休で法要が行われます。 実際の法要は、初夜・半夜と、後夜・晨朝と、 日中・日没の2回分の法要を朝、昼、夜の3回に分けて行う形になっているそうです。 悔過とは 仏語。罪や過ちを悔い改めること。特に、罪過を懺悔(さんげ)し、罪報を免れるために仏前で行う儀式。 とネットで出て来ました。

奈良の薬師寺、花会式を見に行きました。

義理弟とふたりで、花会式に行ってきました。 朝は、寒かったですが、昼から暖かい、 良い天気でした。 午前11時に、西ノ京に待ち合わせ、 午後4時ごろまで居ました。 にぎやかでした。 ●花会式の由来   およそ900年の昔(1107年)、時の堀河天皇が、   皇后のご病気平癒を薬師寺に祈願されたところ、   霊験を得て本復されました。   そこで皇后は、感謝の心を十種の造花(梅、桃、桜、   山吹、椿、牡丹、藤、百合、杜若(かきつばた)、菊)   にこめて、年ごとの薬師寺修二会に供えられました。   これが発祥となり、以来今日まで絶えることのない   雅やかな奈良を代表する伝統行事となっています。 確かに、造花の鉢に菊のご紋がはいってました。 お坊さんの説法は2回聞きました。 本尊は、薬師如来で、両脇に、 向かって右に日光菩薩、左に月光菩薩 金堂にがおられます。 お坊さんの話によると、 日光菩薩は、日勤の看護師さんで、 月光菩薩は、夜勤の看護師さんとのことでした。 講堂には、弥勒如来がおられ、 両脇に、日光菩薩、月光菩薩がおられました。 東塔(国宝・白鳳時代)だけが、1300年を経て 残っています。 薬師寺は、世界遺産だとおっしゃっていました。 今年の6月から、解体・修復工事になり、 平成30年に完成らしいです。 金堂の前の舞台で、 1.稚児行列 2.写経奉納を100巻、200巻、500巻、1200巻した人に記念品贈呈。 3.伝統工芸品の奉納 4.山田法胤管主さんのお話   ユーモアのあるお話でした。   ・薬師寺は、お墓も檀家もない。   天皇は、毎日、日本の安寧を祈願する。   そして、薬師寺なども日本の安寧を祈願するためにある   とおっしゃっていました。   ・人は、常に過ちをおかす。   人と人の間、人と自然の間。   人が自然に対する過ちを考え直さなければならないと   おっしゃっていました。   ・私は71歳、お釈迦様が涅槃に行かれたのが81歳なので、   ほうれん草を食べるとおっしゃっていました。 5.子供が背中にちょうちょの羽を付けて、雅楽の中、胡蝶の舞 6.雅楽の中、中国の隋の舞 が行われました。 薬師寺の桜は満開でした。 Yakushijimon02 Obentou02 Zouka02 Nodate0102_2 Nodate0202 Seitou02 Chigogyouretu02 Toutou02 Kocyou0102 Kocyou0202 Yamadahouin02 Sakura02
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