South Island(癒しの楽園)

南の島(South Island)に憧憬と哀悼の感情を持って、癒しの楽園を探して、日々の日記を綴る。 中島栄次郎、ならびに、戦没者に哀悼の意を表します。癒しの楽園は、どこにあるのかわからないが、いつか、生きとし生けるもの、死せるものが、癒しの楽園に辿りつけますように。 ☆☆☆注) 中島栄次郎は、小生の母の叔父になります。母と母の妹が、中島栄次郎の著作物を自費出版したのが、『中島栄次郎著作選』です。中島栄次郎は、京都大学の田辺元のもとで、『ニイチェの研究』をしていました。大学の同期には、 松下武雄、久野収がいました。1年上の先輩には野田又夫がおられ、 中島栄次郎のライバルでした。当時、毎日新聞の文芸評論を書いていました。そのときの担当記者が、井上靖でした。後に井上靖は小説家になられました。中島栄次郎は、『コギト』の同人で、伊東静雄、田中克己たちとも交流がありました。 中島栄次郎は、戦時中は、統制化にあり、自由にものを書くことができませんでした。中島栄次郎は、一兵卒として、フィリピンのルソン島マニラ郊外の山地で戦死しました。☆

003.中島栄次郎

「中島栄次郎」で、ブログ内の記事検索

「中島栄次郎」で、ブログ内の記事検索してみた。
45?個ぐらいの記事が出てきた。
もっと書こうと思うが、なかなか進まない。

nakajima-eijirou-20190321-001

toujitu-kankai-20190321-001

wasureenu-hitobito-inoueyasushi001

nakajima-eijirou-20190321-002

中島家の墓じまい

2018年4月14日(土)曇り後雨
中島家の墓じまいを行った。
昼の12時15分に、近鉄上六に親戚、待ち合わせ。
午後1時半ごろから、永代供養墓に骨などを移し、
お経をあげてもらって、焼香した。
午後4時から、懐石料理で、会食。

お墓がなくなって、少し、寂しい。

中島家のお墓

昨日、名古屋のいとこが、来た。

中島家のお墓の状態と永代供養について、お寺に行ったそうだ。

奈良の家で、いとこと、中島家のお墓について、話をし、

来年の春ごろに、中島家のお墓を永代供養にするようになった。

中島家のお墓は、焼夷弾を受けて、ひびが入っている。

中島家の人は、祖母で、たえている。

田中克己は、お墓の前で、旧制大阪高等学校の校歌を歌ったそうだ。

毎年、施餓鬼供養にいってたが、寂しく、なる。

ウィキペディアに中島栄次郎の記事を載せる

ウィキペディアに中島栄次郎のページがないのを知っていたのですが、

今日、ウィキペディアに中島栄次郎の記事を載せてみた。

ウィキペディアに中島栄次郎の記事を載せてみたが、著作権等で、引っ掛かり、即時削除とかのコメントが、出てきた。

回避するアドバイスのコメントも頂き、対処すると、即時削除のコメントは、出なくなりました。

これで、OKなのか、まだ、不安です。

年譜などの内容は、このブログの一部を載せました。

年譜の元データは、『中島栄次郎著作選』の494頁から497頁です。

写真の載せ方が、わからず、写真は、まだ、載せてません。

ウィキペディアの中島栄次郎ページ

『中島栄次郎著作選』のGoogle Booksのレビュー

『中島栄次郎著作選』のGoogle Booksのレビューがなかったので、書いてみました。

『中島栄次郎著作選』
●発行日:1993年11月5日
●著者:中島栄次郎

●編集者:野田又夫(『中島栄次郎著作選』刊行会委員長)

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『中島栄次郎著作選』について
中島栄次郎の二人の姪により、中島栄次郎の著作物を自費出版したのが、『中島栄次郎著作選』です。
中島栄次郎は、京都大学の田辺元先生のもとで、『ニイチェの研究』をしていました。

先輩には、桑原武夫先生もいてました。毎日新聞に文芸評論を書いていました。

そのときの担当の記者が、井上靖氏でした。後に井上靖氏は、小説家になられました。

中島栄次郎は、戦時中は、統制化にあり、自由にものを書くことができませんでした。

フィリピンのルソン島マニラ郊外の山地で戦死しました。
中島栄次郎は、『コギト』などに鋭い評論を書いていたと野田又夫先生にいわれました。

この本の序文を野田又夫先生に書いてもらっています。
中島、保田、松下の三人は、毎号のように評論を『コギト』に載せたが、

田中克己は、三人の特徴を、松下は荘重、中島は華麗、保田は奔放という言葉で評している。

昭和10年3月、中島は文芸雑誌『日本浪漫派』を保田与重朗、亀井勝一朗、中谷孝雄たちと創刊。

中島は創刊号の巻頭に「浪漫化の機能」を執筆した。

同人には第二号から太宰治、檀一雄、第三号からは伊東静雄、大山定一らが加わった。

日本浪曼派の最初のころは、ファシズム的なところは、なく、中島も参加したが、

ファシズム的になってきたので、執筆は、少なくなる。


中島栄次郎は、詩人の伊東静雄とも交流があり、近代文学の研究をされている方は、ご存知だと思います。

国立国会図書館等には、贈呈しています。

もし、興味のある方は、下記メールアドレスにメールをください。
kintarou2104jp@yahoo.co.jp
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中島栄次郎について、書いてるブログ
South Island (癒しの楽園)
中島栄次郎

中島栄次郎著作選

中島栄次郎の年譜

『コギト』解説(田中克己)のPDF版

中島栄次郎の保田与重郎批判(久野収)のPDF版

桑原武夫傳習録(梅棹忠夫、司馬遼太郎編;潮出版社)

井上靖の詩集『乾河道』(集英社、1984年)の中の作品『手』

忘れ得ぬ人々(井上靖)

伊東静雄の書簡三三一

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